REI’s Photo diary
写真作家REIの活動記録です。
方違神社 粽祭
2009.06.05 (Fri)
2009年(平成21年)5月31は大阪府堺市の方違神社「粽祭」の撮影に伺いました。
私の撮影は方違神社に許可を頂いて行っております。
※この撮影は(株)タムロン様のサポートによるレンズを用いて作品制作を行っております。

所在地は南海電車 堺東駅から徒歩5分程度の場所です。
神社の起源は古く紀元前90年(崇神天皇8年)勅願により創建されたといわれていますので、2099年前からあることになります。
いわれは、摂津住吉郡、河内丹治比郡、和泉大鳥郡の三国の境目であることから「三国山」、「三国の衢」、「三国丘」といわれ何処の国にも属さない、また方位の無い清地であるという考え方によって、この地の御土と菰の葉でつくった粽は悪い方位を祓うという信仰を以って参拝者で賑わっています。

粽祭は神功皇后三韓征伐の時この地で方災除けの神事を行った故事によるそうです。
私は午後11時頃に到着し、社務所にご挨拶をしてからまわりの境内の様子を撮影して、お昼を食べて祭りが催行されるのを待ちました。

この日は日曜日と重なったため、午後12時頃には当日授与される粽をもらう順番取りのために列ができ始めました。一般参拝者、方災除けご祈祷を受ける方々、祭りをみに来た方も加わってかなりの人出になりました。

そのためいつもはない神事催行区域の縄張りもしてありました。
午後12時30分すぎに当日「お砂持神事」に参加する子供たちが集まってきました。
清めの砂を天秤棒で運ぶ神事ですが、少女よりも幼女の年齢の子供たちが稚児としてご奉仕します。
私は衣装の準備が最初に終わった女の子の付き添いのご両親にお願いして撮影しました。
初めての参加とのことですが、とても晴れやかな笑顔がかわいらしいお子さんでした。


午後1時頃に拝殿で宮司様による「例大祭神事」が行われ、続いて拝殿前で「湯神楽神事」が行われました。
これは巫女さんが米、酒、塩を入れた釜のお湯を笹の葉で振りまき無病息災を祈願するものですが、とにかくものすごい勢いでお湯を振りまくので近くで撮っているとかなり濡れることになります。

午後2時頃から稚児によるお砂持神事が催行されました。
例年は稚児に親御さんが近寄って励ますのですが、この日は縄張りがしてあったので稚児たちは神官、猿田彦、巫女に先導されながら、約10m程度の間を天秤棒に御砂をのせて運びます。
経験のある子はすいすいとした足取りでこなしていくのですが、幼女にはなかなか大変な役目だと思います。

この撮影は限られた範囲とはいえ、幼女が中心なのでなかなか行動が予測しにくいので難しいです。
また、かなり身長が低いためにしゃがんだ姿勢をずっと続けることになります。
何をどのように撮るのかを瞬時に判断することが求められます。
神事が終了して稚児がそろって記念撮影をしていましたが、一人は親御さんが近くにいない寂しさから泣き出していました。
ご協力下さった神社、関係者、参加者の皆様ありがとうございました。
撮影した写真は方違神社に奉納させて頂きました。
撮影機材
CANON EOS 20D(2台)
CANON SPEEDLITE 550EX、580EX
TAMRON SP AF 11-18mm F4.5-5.6、SP AF28-75mm F2.8
私の撮影は方違神社に許可を頂いて行っております。
※この撮影は(株)タムロン様のサポートによるレンズを用いて作品制作を行っております。

所在地は南海電車 堺東駅から徒歩5分程度の場所です。
神社の起源は古く紀元前90年(崇神天皇8年)勅願により創建されたといわれていますので、2099年前からあることになります。
いわれは、摂津住吉郡、河内丹治比郡、和泉大鳥郡の三国の境目であることから「三国山」、「三国の衢」、「三国丘」といわれ何処の国にも属さない、また方位の無い清地であるという考え方によって、この地の御土と菰の葉でつくった粽は悪い方位を祓うという信仰を以って参拝者で賑わっています。

粽祭は神功皇后三韓征伐の時この地で方災除けの神事を行った故事によるそうです。
私は午後11時頃に到着し、社務所にご挨拶をしてからまわりの境内の様子を撮影して、お昼を食べて祭りが催行されるのを待ちました。

この日は日曜日と重なったため、午後12時頃には当日授与される粽をもらう順番取りのために列ができ始めました。一般参拝者、方災除けご祈祷を受ける方々、祭りをみに来た方も加わってかなりの人出になりました。

そのためいつもはない神事催行区域の縄張りもしてありました。
午後12時30分すぎに当日「お砂持神事」に参加する子供たちが集まってきました。
清めの砂を天秤棒で運ぶ神事ですが、少女よりも幼女の年齢の子供たちが稚児としてご奉仕します。
私は衣装の準備が最初に終わった女の子の付き添いのご両親にお願いして撮影しました。
初めての参加とのことですが、とても晴れやかな笑顔がかわいらしいお子さんでした。


午後1時頃に拝殿で宮司様による「例大祭神事」が行われ、続いて拝殿前で「湯神楽神事」が行われました。
これは巫女さんが米、酒、塩を入れた釜のお湯を笹の葉で振りまき無病息災を祈願するものですが、とにかくものすごい勢いでお湯を振りまくので近くで撮っているとかなり濡れることになります。

午後2時頃から稚児によるお砂持神事が催行されました。
例年は稚児に親御さんが近寄って励ますのですが、この日は縄張りがしてあったので稚児たちは神官、猿田彦、巫女に先導されながら、約10m程度の間を天秤棒に御砂をのせて運びます。
経験のある子はすいすいとした足取りでこなしていくのですが、幼女にはなかなか大変な役目だと思います。

この撮影は限られた範囲とはいえ、幼女が中心なのでなかなか行動が予測しにくいので難しいです。
また、かなり身長が低いためにしゃがんだ姿勢をずっと続けることになります。
何をどのように撮るのかを瞬時に判断することが求められます。
神事が終了して稚児がそろって記念撮影をしていましたが、一人は親御さんが近くにいない寂しさから泣き出していました。
ご協力下さった神社、関係者、参加者の皆様ありがとうございました。
撮影した写真は方違神社に奉納させて頂きました。
撮影機材
CANON EOS 20D(2台)
CANON SPEEDLITE 550EX、580EX
TAMRON SP AF 11-18mm F4.5-5.6、SP AF28-75mm F2.8
泉殿宮 春大祭
2009.05.21 (Thu)
2009(平成21年)年5月2日から3日は大阪府吹田市 泉殿宮の春大祭の撮影に伺いました。
私の撮影は泉殿宮に許可を頂いて行っております。
※この撮影は(株)タムロン様のサポートによるレンズを用いて作品制作を行っております。

泉殿宮は阪急吹田駅から徒歩すぐの場所にあります。
神社のいわれは、河内の次田連の祖神 天香山命を氏神として、五穀の神「宇迦之御魂大神」を祀っています。
第56代清和天皇 869年(貞観11年)に激しい旱魃があった際、播磨(現在の姫路)の広峯神社より王城鎮護の守り神として祇園八坂神社の御祭神として迎えられる建速須佐之男大神の御神輿がしばらく当宮にお立ち寄りになられそうで、大神に祝詞を奏上し、獅子頭を激しく振り、歎きを告げ、篤く雨を祈ると、忽然と清泉土中より湧漲した逸話があります。
この雨乞いの状と雨を喜ぶ童子の姿が、吹田市地域無形民俗文化財 「泉殿宮神楽獅子」の所作となっているそうです。

5月2日は夜の7時から
私は神社に午後6時頃に到着し、社務所にご挨拶をして「泉殿宮神楽獅子」保存会の方々が集まるのを待ちました。しばらくすると参加する子供たちがやってきたので一緒に遊んでいました。

7時になり鳥居の外から神楽獅子奉納が始まりました。
この神楽獅子は笛や太鼓に合わせて、踊り子たちが獅子頭や傘をかざして踊る中、獅子頭の若者がもう一人の肩の上に立ち、鈴や幣、あるいは剣を持って神楽を舞う、いわゆる「二階獅子」で、伊勢の太神楽の系統をひくものだそうです。

いわゆる獅子舞は動きで表現する奉納神楽なのでスチル写真にはあまり向いておらず、撮影はとても困難です。更にこの泉殿宮神楽獅子は一種の団体神楽であるので全体のバランスをみながら動きを表現するのは経験とシャッター数が必要です。動きを表現するためにあえてフラッシュを使用せずに獅子の動きを流れるように表現するのもいい手法だと思います。
5月3日は朝から晴れて五月晴れの爽やかな日和となりました。

私は蒲団太鼓当番の「御旅町」のご依頼で8時過ぎに御旅町自治会館に到着し、お神酒を頂いた後会館前で参加者全員の記念撮影をすませてから出発しました。
東御旅町を抜けて国道479号線をわたり、西御旅町に入ります。先頭を曳くのが子供たちということもあり、何度かの休憩をはさみながら、また、蒲団太鼓の打ち手を何度も交代しながら、再び東御旅町を巡幸しました。
約2時間かけて御旅町全域を巡行してから御旅町自治会館に到着しました。
参加者の皆さんと昼食を頂いて午前中は終了しました。
午後12時30分すぎに当日稚児奉納に参加する子供たちが集まってきました。慣れない衣装を身につけて緊張の面持ちの子、とても晴れやかに楽しそうな子と色々です。私は付き添いのご両親にお願いして撮影しました。

午後1時頃に御旅町の氏子の皆さん御奉仕による蒲団太鼓が到着し、拝殿での祭儀の後皆さんで記念撮影をしました。その後稚児奉納に参加する子供たちの記念撮影をするのですが、30名の就学前の子供たちをきちんと並べて衣装を調えるのはとても大変ですが、何とか終了して、泉殿宮神楽獅子保存会の皆さんの記念撮影をしました。

午後2時には、御旅町の氏子の皆さん御奉仕による蒲団太鼓曳航に始まり、猿田彦 右大臣 左大臣 稚児供奉列 泉殿宮神楽獅子保存会 伶人 巫女 神職 氏子総代 役員の順で、総勢500人が川面町 御旅所まで徒歩にて渡御が始まりました。
私は何度が行列を先頭から最後まで撮り、また列を追い抜くということを繰り返します。
伝統的な町並みが残る路地を抜け御旅所に到着しました。

御旅所内での祭儀の後、泉殿宮神楽獅子奉納が行われました。
御旅所は狭いのですが、まわりにあまり高い建築物もなくまとまりのよい背景なので獅子舞を撮影するには適した場所です。

休憩の後行列は再び神社に向かって出発し同じ道を経て戻ります。

夜9時頃から神社の氏子域である川面町・濱の堂・田中町・西の庄町の皆さんが、和服を着て、笹に弁づり提灯をつけ、鉦太鼓に合わせ伊勢音頭を唄い御礼詣に来られ、その都度本殿で昇殿し、浪速神楽を舞い、万歳三唱が行われます。

これは当時の伊勢講の名残とのことですが、暗闇の中から伊勢音頭がきこえるのはとても風情があります。
仕舞神楽が拝殿で行われて終了しました。
ご協力下さった神社、関係者、参加者の皆様ありがとうございました。
撮影した写真は泉殿宮に奉納させて頂きました。
撮影機材
CANON EOS 20D(2台)
CANON SPEEDLITE 550EX、580EX
TAMRON SP AF 11-18mm F4.5-5.6、SP AF17-35mm F2.8-4.0、SP AF28-75mm F2.8、AF28-300mm F3.5-6.3 VC
私の撮影は泉殿宮に許可を頂いて行っております。
※この撮影は(株)タムロン様のサポートによるレンズを用いて作品制作を行っております。

泉殿宮は阪急吹田駅から徒歩すぐの場所にあります。
神社のいわれは、河内の次田連の祖神 天香山命を氏神として、五穀の神「宇迦之御魂大神」を祀っています。
第56代清和天皇 869年(貞観11年)に激しい旱魃があった際、播磨(現在の姫路)の広峯神社より王城鎮護の守り神として祇園八坂神社の御祭神として迎えられる建速須佐之男大神の御神輿がしばらく当宮にお立ち寄りになられそうで、大神に祝詞を奏上し、獅子頭を激しく振り、歎きを告げ、篤く雨を祈ると、忽然と清泉土中より湧漲した逸話があります。
この雨乞いの状と雨を喜ぶ童子の姿が、吹田市地域無形民俗文化財 「泉殿宮神楽獅子」の所作となっているそうです。

5月2日は夜の7時から
私は神社に午後6時頃に到着し、社務所にご挨拶をして「泉殿宮神楽獅子」保存会の方々が集まるのを待ちました。しばらくすると参加する子供たちがやってきたので一緒に遊んでいました。

7時になり鳥居の外から神楽獅子奉納が始まりました。
この神楽獅子は笛や太鼓に合わせて、踊り子たちが獅子頭や傘をかざして踊る中、獅子頭の若者がもう一人の肩の上に立ち、鈴や幣、あるいは剣を持って神楽を舞う、いわゆる「二階獅子」で、伊勢の太神楽の系統をひくものだそうです。

いわゆる獅子舞は動きで表現する奉納神楽なのでスチル写真にはあまり向いておらず、撮影はとても困難です。更にこの泉殿宮神楽獅子は一種の団体神楽であるので全体のバランスをみながら動きを表現するのは経験とシャッター数が必要です。動きを表現するためにあえてフラッシュを使用せずに獅子の動きを流れるように表現するのもいい手法だと思います。
5月3日は朝から晴れて五月晴れの爽やかな日和となりました。

私は蒲団太鼓当番の「御旅町」のご依頼で8時過ぎに御旅町自治会館に到着し、お神酒を頂いた後会館前で参加者全員の記念撮影をすませてから出発しました。
東御旅町を抜けて国道479号線をわたり、西御旅町に入ります。先頭を曳くのが子供たちということもあり、何度かの休憩をはさみながら、また、蒲団太鼓の打ち手を何度も交代しながら、再び東御旅町を巡幸しました。
約2時間かけて御旅町全域を巡行してから御旅町自治会館に到着しました。
参加者の皆さんと昼食を頂いて午前中は終了しました。
午後12時30分すぎに当日稚児奉納に参加する子供たちが集まってきました。慣れない衣装を身につけて緊張の面持ちの子、とても晴れやかに楽しそうな子と色々です。私は付き添いのご両親にお願いして撮影しました。

午後1時頃に御旅町の氏子の皆さん御奉仕による蒲団太鼓が到着し、拝殿での祭儀の後皆さんで記念撮影をしました。その後稚児奉納に参加する子供たちの記念撮影をするのですが、30名の就学前の子供たちをきちんと並べて衣装を調えるのはとても大変ですが、何とか終了して、泉殿宮神楽獅子保存会の皆さんの記念撮影をしました。

午後2時には、御旅町の氏子の皆さん御奉仕による蒲団太鼓曳航に始まり、猿田彦 右大臣 左大臣 稚児供奉列 泉殿宮神楽獅子保存会 伶人 巫女 神職 氏子総代 役員の順で、総勢500人が川面町 御旅所まで徒歩にて渡御が始まりました。
私は何度が行列を先頭から最後まで撮り、また列を追い抜くということを繰り返します。
伝統的な町並みが残る路地を抜け御旅所に到着しました。

御旅所内での祭儀の後、泉殿宮神楽獅子奉納が行われました。
御旅所は狭いのですが、まわりにあまり高い建築物もなくまとまりのよい背景なので獅子舞を撮影するには適した場所です。

休憩の後行列は再び神社に向かって出発し同じ道を経て戻ります。

夜9時頃から神社の氏子域である川面町・濱の堂・田中町・西の庄町の皆さんが、和服を着て、笹に弁づり提灯をつけ、鉦太鼓に合わせ伊勢音頭を唄い御礼詣に来られ、その都度本殿で昇殿し、浪速神楽を舞い、万歳三唱が行われます。

これは当時の伊勢講の名残とのことですが、暗闇の中から伊勢音頭がきこえるのはとても風情があります。
仕舞神楽が拝殿で行われて終了しました。
ご協力下さった神社、関係者、参加者の皆様ありがとうございました。
撮影した写真は泉殿宮に奉納させて頂きました。
撮影機材
CANON EOS 20D(2台)
CANON SPEEDLITE 550EX、580EX
TAMRON SP AF 11-18mm F4.5-5.6、SP AF17-35mm F2.8-4.0、SP AF28-75mm F2.8、AF28-300mm F3.5-6.3 VC
大念仏寺 万部おねり
2009.05.21 (Thu)
2009年5月1日は大阪府大阪市平野区にある融通念仏宗総本山 大念仏寺 「万部おねり」の撮影に伺いました。

所在地はJR平野駅から徒歩5分程度の場所です。
当日の天候は薄く雲がみえる晴れの天候で湿度が低く爽やかな日和でした。

11時頃到着して先ず寺務所にご挨拶をして本堂に向かいました。
本堂は総欅造り銅板葺き。東西約50m、南北約40m。昭和13年再建の大阪府下最大の木造建築(国の登録有形文化財)です。
平日で寺院という場所柄ご高齢な方が中心ですが、大変多くの熱心な信者が訪れていました。
一般に本堂内は撮影禁止ですが、許可を頂いての撮影なので念仏が流れる本堂内の黄金にあふれたすばらしい装飾を撮影しました。
融通念仏とは「念仏が相互に融通して大きな力となることをいいます。すなわち念仏を称えることによって、人と人、人と物、物と物とのすべての関係の上に融通和合の世界を自覚し、苦脳と迷いのこの世を喜びに満ち溢れ、悟りの智慧かがやく楽土(浄土)にすることをめざした教え」とのことです。
この宗派の歴史は古く、天台宗、真言宗に次いで平安時代後期に成立した古い歴史を持つ宗派で国産仏教第一の宗派です。
「万部おねり」は660年前から続く伝統行事で大阪市指定無形民俗文化財に指定されています。
行事の内容は「聖聚来迎会と阿弥陀経万部会が融合された融通念佛宗総本山大念佛寺最大の伝統行事の通称名でで、聖聚来迎会は無量寿経の中の「その人、寿(いのち)が終わる時にあたって、私は極楽浄土から二十五菩薩を従えて、その人を迎えに来るであろう」という阿弥陀仏の願いを具体的に表現した儀式であり、正平十四年(一三四九)三月一五日「観音様の蓮台に乗り、阿弥陀如来のお導きに従って、生身のまま往生の本懐を遂げるまでの儀式を営んでみたい。聖聚来迎の様相を実際にこの眼で見、また世の多くの人々にも見ていただきたいものだ」と中祖法明上人自ら行者となり、臨終不退、一念往生、上品上生を遂げるまでの法明上人の堅固な意思により始まったことを起源としている」とのことです。

13時頃から稚児行列、魚山流 詠讃歌舞奉納に続き多くの方の布教の後、宗務総長様を含む僧侶のお練があり、二十五菩薩お練供養入御が始まりました。
お練が行われるのは本堂の南側にある地面から約2m高い通路なので、この様子を正面から撮影するには通路の直線上にある燈篭に足場を確保するしかありません。しかし、通路には柵もあり、また、菩薩を誘導しておられる僧侶の方もおられるのでチャンスはとても難しいです。
本堂内でのおつとめの後、15時から先程の入御の逆にお練が行われるのですが、宗務総長様を含む僧侶のお練があり二十五菩薩お練供養還御が始まりました。
私は許可を頂いておりますので、本堂の南側の通路の丁度正面にある通路の窓から撮影を致しました。
西日を浴びて黄金に輝く二十五菩薩はまさに極楽浄土でした。

撮影にご協力下さった大念仏寺、関係者の皆様、参加者の皆様ありがとうございました。
撮影した写真の一部を大念仏寺に奉納させて頂きました。
撮影機材
CANON EOS 20D(2台)
CANON SPEEDLITE 580EX
TAMRON SP AF17-50mm F2.8、CANON EF-S 55-250mm F4-5.6 IS

所在地はJR平野駅から徒歩5分程度の場所です。
当日の天候は薄く雲がみえる晴れの天候で湿度が低く爽やかな日和でした。

11時頃到着して先ず寺務所にご挨拶をして本堂に向かいました。
本堂は総欅造り銅板葺き。東西約50m、南北約40m。昭和13年再建の大阪府下最大の木造建築(国の登録有形文化財)です。
平日で寺院という場所柄ご高齢な方が中心ですが、大変多くの熱心な信者が訪れていました。
一般に本堂内は撮影禁止ですが、許可を頂いての撮影なので念仏が流れる本堂内の黄金にあふれたすばらしい装飾を撮影しました。
融通念仏とは「念仏が相互に融通して大きな力となることをいいます。すなわち念仏を称えることによって、人と人、人と物、物と物とのすべての関係の上に融通和合の世界を自覚し、苦脳と迷いのこの世を喜びに満ち溢れ、悟りの智慧かがやく楽土(浄土)にすることをめざした教え」とのことです。
この宗派の歴史は古く、天台宗、真言宗に次いで平安時代後期に成立した古い歴史を持つ宗派で国産仏教第一の宗派です。
「万部おねり」は660年前から続く伝統行事で大阪市指定無形民俗文化財に指定されています。
行事の内容は「聖聚来迎会と阿弥陀経万部会が融合された融通念佛宗総本山大念佛寺最大の伝統行事の通称名でで、聖聚来迎会は無量寿経の中の「その人、寿(いのち)が終わる時にあたって、私は極楽浄土から二十五菩薩を従えて、その人を迎えに来るであろう」という阿弥陀仏の願いを具体的に表現した儀式であり、正平十四年(一三四九)三月一五日「観音様の蓮台に乗り、阿弥陀如来のお導きに従って、生身のまま往生の本懐を遂げるまでの儀式を営んでみたい。聖聚来迎の様相を実際にこの眼で見、また世の多くの人々にも見ていただきたいものだ」と中祖法明上人自ら行者となり、臨終不退、一念往生、上品上生を遂げるまでの法明上人の堅固な意思により始まったことを起源としている」とのことです。

13時頃から稚児行列、魚山流 詠讃歌舞奉納に続き多くの方の布教の後、宗務総長様を含む僧侶のお練があり、二十五菩薩お練供養入御が始まりました。
お練が行われるのは本堂の南側にある地面から約2m高い通路なので、この様子を正面から撮影するには通路の直線上にある燈篭に足場を確保するしかありません。しかし、通路には柵もあり、また、菩薩を誘導しておられる僧侶の方もおられるのでチャンスはとても難しいです。
本堂内でのおつとめの後、15時から先程の入御の逆にお練が行われるのですが、宗務総長様を含む僧侶のお練があり二十五菩薩お練供養還御が始まりました。
私は許可を頂いておりますので、本堂の南側の通路の丁度正面にある通路の窓から撮影を致しました。
西日を浴びて黄金に輝く二十五菩薩はまさに極楽浄土でした。

撮影にご協力下さった大念仏寺、関係者の皆様、参加者の皆様ありがとうございました。
撮影した写真の一部を大念仏寺に奉納させて頂きました。
撮影機材
CANON EOS 20D(2台)
CANON SPEEDLITE 580EX
TAMRON SP AF17-50mm F2.8、CANON EF-S 55-250mm F4-5.6 IS
杭全神社 御田植神事
2009.04.25 (Sat)
2009年4月13日は大阪府大阪市平野区 杭全神社に「国の選択無形民俗文化財 御田植神事」の撮影に伺いました。
※この撮影は(株)タムロン 様のサポートによるレンズを用いて作品制作を行っております。

当日の天候は晴れて境内には満開を過ぎて散っている葉桜と楠の新緑が美しい日和でした。
昨年の撮影がきっかけで「平野の町づくりを考える会」に参加させて頂いております。
祭礼は征夷大将軍として有名な坂上田村麻呂の子孫の家系で実質的に平野郷の指導者であった七名家が主体となり、宮座の構成員であったそれに郷民が協力して行ってきたものだそうです。
明治初期の混乱期には神事に用いる諸道具 等も行方不明となり祭の存続が危ぶまれましたが、七名家筆頭であった末吉家の努力などによって存続することができたそうです。
現在は「平野の町づくりを考える会」が活動の中心となっている「杭全神社 御田植神事保存会」によって民俗芸能を伝承しており、2008年には国の選択無形民俗文化財にも指定されています。
今回は4月5日に行われた練習段階から撮影を始めました。
シテ役を務める方は本年から変わったばかりで、練習の際にも指導をされる方からの指摘がありました。
全く日常と異なる猿楽の所作やせりふの言いまわしは職業にしていない方が演じるにはかなりの練習とご苦労があると思います。
当日は午前11時頃に神社に到着し、神社の方に挨拶をして、まず、撮影場所の確保をしました。
撮影できる場所は拝殿外の北側からですが、拝殿からみると約1m低い位置になりますので、神事を正面から撮影するには脚立に乗る必要があります。私は神社に許可を頂いて脚立を配置しました。
お昼すぎに、早乙女役の女性2人をはじめ当日演じる方々が着替えのために集まってきました。
全員の着替えが終わったところで、所作抜きの最終練習を行いいよいよ本番です。

宮司様を先頭に拝殿に入り、神事が始まりました。
撮影場所に行ってみると平日にもかかわらずとても多い人出で驚きました。今回は関西大学の研究者の方々、テレビ局の取材チームもいました。





晴天のため拝殿内と外の明暗差がありすぎるためフラッシュを使用しても背景が飛んでしまいました。
思った以上に動きが速く、今年の高倍率の手振れ補正付きのズームレンズよりも昨年の明るい短焦点レンズで撮影する方法が適していたと実感しました。
神事が終わり関係者の記念撮影をしてこの日の撮影は終了しました。
ご協力下さった神社及び祭り関係者の皆様ありがとうございました。
撮影機材
CANON EOS 20D(2台)
TAMRON SP AF 11-18mm F/4.5-5.6、SP AF17-35mm F2.8-4.0、SP AF28-75mm F2.8、
AF 28-300mm F/3.5-6.3 VC
※この撮影は(株)タムロン 様のサポートによるレンズを用いて作品制作を行っております。

当日の天候は晴れて境内には満開を過ぎて散っている葉桜と楠の新緑が美しい日和でした。
昨年の撮影がきっかけで「平野の町づくりを考える会」に参加させて頂いております。
祭礼は征夷大将軍として有名な坂上田村麻呂の子孫の家系で実質的に平野郷の指導者であった七名家が主体となり、宮座の構成員であったそれに郷民が協力して行ってきたものだそうです。
明治初期の混乱期には神事に用いる諸道具 等も行方不明となり祭の存続が危ぶまれましたが、七名家筆頭であった末吉家の努力などによって存続することができたそうです。
現在は「平野の町づくりを考える会」が活動の中心となっている「杭全神社 御田植神事保存会」によって民俗芸能を伝承しており、2008年には国の選択無形民俗文化財にも指定されています。
今回は4月5日に行われた練習段階から撮影を始めました。
シテ役を務める方は本年から変わったばかりで、練習の際にも指導をされる方からの指摘がありました。
全く日常と異なる猿楽の所作やせりふの言いまわしは職業にしていない方が演じるにはかなりの練習とご苦労があると思います。
当日は午前11時頃に神社に到着し、神社の方に挨拶をして、まず、撮影場所の確保をしました。
撮影できる場所は拝殿外の北側からですが、拝殿からみると約1m低い位置になりますので、神事を正面から撮影するには脚立に乗る必要があります。私は神社に許可を頂いて脚立を配置しました。
お昼すぎに、早乙女役の女性2人をはじめ当日演じる方々が着替えのために集まってきました。
全員の着替えが終わったところで、所作抜きの最終練習を行いいよいよ本番です。

宮司様を先頭に拝殿に入り、神事が始まりました。
撮影場所に行ってみると平日にもかかわらずとても多い人出で驚きました。今回は関西大学の研究者の方々、テレビ局の取材チームもいました。





晴天のため拝殿内と外の明暗差がありすぎるためフラッシュを使用しても背景が飛んでしまいました。
思った以上に動きが速く、今年の高倍率の手振れ補正付きのズームレンズよりも昨年の明るい短焦点レンズで撮影する方法が適していたと実感しました。
神事が終わり関係者の記念撮影をしてこの日の撮影は終了しました。
ご協力下さった神社及び祭り関係者の皆様ありがとうございました。
撮影機材
CANON EOS 20D(2台)
TAMRON SP AF 11-18mm F/4.5-5.6、SP AF17-35mm F2.8-4.0、SP AF28-75mm F2.8、
AF 28-300mm F/3.5-6.3 VC
道明寺天満宮 菜種御供大祭
2009.04.04 (Sat)
2009年3月25日は大阪府藤井寺市にある道明寺天満宮に「菜種御供大祭」の撮影に伺いました。

この撮影は(株)タムロン 様のサポートによるレンズを用いて作品制作を行っております。

その日の大阪は寒のもどりで開花した桜も驚くような日和でした。
道明寺天満宮は天神さん(菅原道真公)のおば君がおられたところです。
天神さんが左遷の詔を受けて大宰府へ向かう途中に立ち寄られた際辺り一面には菜の花が咲いていたそうで、おば君である覚寿尼公が毎日陰膳を据えていたことがはじまりだそうです。
またこの祭礼が河内の春を告げる神事であるため「河内の春ごと」として親しまれているそうです。
私は9時ごろに神社に着いて挨拶をすませた後、10時からの神事を撮影しました。

昼食をすませた後神社に戻って、稚児行列に参列する子供たちが準備する様子を撮影しました。
1時から本殿前に稚児たちが整列して行列が出発しました。

この祭礼は例年は50人前後の稚児が参加するのですが、今年はなぜか20名前後しか参加していないとのことです。

行列は神社の鳥居を出て階段を下りて左へ曲がって商店街を進みます。
最近は祭り写真もブームなのかシニアエイジのアマチュアカメラマンがかなりの人数おられました。

道明寺駅で右に曲がって神社に戻ります。

ここらあたりで小さい子供は疲れて付き添いの親御さんにだっこされています。
神社の階段を登って鳥居をくぐると晴れた青空に咲き始めた桜がきれいでした。

本殿前に行列が到着すると稚児たちは手に持った菜種をお供えします。
これで稚児たちのお役目は終わり帰り支度に向かいます。
天候は 到着時=曇り〜昼食時=小雨〜祭礼時=晴れ〜終了後=曇り〜帰り=小雨 といつもながら天候に助けられた感じです。
ご協力下さった神社、関係者、参加者の皆様ありがとうございました。
撮影した写真は道明寺天満宮に奉納させて頂きました。
撮影機材
CANON EOS 20D X 2台
TAMRON SP AF 11-18mm F/4.5-5.6、SP AF17-35mm F2.8-4.0、SP AF28-75mm F2.8

この撮影は(株)タムロン 様のサポートによるレンズを用いて作品制作を行っております。

その日の大阪は寒のもどりで開花した桜も驚くような日和でした。
道明寺天満宮は天神さん(菅原道真公)のおば君がおられたところです。
天神さんが左遷の詔を受けて大宰府へ向かう途中に立ち寄られた際辺り一面には菜の花が咲いていたそうで、おば君である覚寿尼公が毎日陰膳を据えていたことがはじまりだそうです。
またこの祭礼が河内の春を告げる神事であるため「河内の春ごと」として親しまれているそうです。
私は9時ごろに神社に着いて挨拶をすませた後、10時からの神事を撮影しました。

昼食をすませた後神社に戻って、稚児行列に参列する子供たちが準備する様子を撮影しました。
1時から本殿前に稚児たちが整列して行列が出発しました。

この祭礼は例年は50人前後の稚児が参加するのですが、今年はなぜか20名前後しか参加していないとのことです。

行列は神社の鳥居を出て階段を下りて左へ曲がって商店街を進みます。
最近は祭り写真もブームなのかシニアエイジのアマチュアカメラマンがかなりの人数おられました。

道明寺駅で右に曲がって神社に戻ります。

ここらあたりで小さい子供は疲れて付き添いの親御さんにだっこされています。
神社の階段を登って鳥居をくぐると晴れた青空に咲き始めた桜がきれいでした。

本殿前に行列が到着すると稚児たちは手に持った菜種をお供えします。
これで稚児たちのお役目は終わり帰り支度に向かいます。
天候は 到着時=曇り〜昼食時=小雨〜祭礼時=晴れ〜終了後=曇り〜帰り=小雨 といつもながら天候に助けられた感じです。
ご協力下さった神社、関係者、参加者の皆様ありがとうございました。
撮影した写真は道明寺天満宮に奉納させて頂きました。
撮影機材
CANON EOS 20D X 2台
TAMRON SP AF 11-18mm F/4.5-5.6、SP AF17-35mm F2.8-4.0、SP AF28-75mm F2.8


